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2020年1月

2020年1月25日 (土)

飼い主のいない猫にエサを与えている人は・・・

ちょっと面白いことに気付きました。

 

「ノラ猫」とか「野良猫」というのは通称名であり、法令上は「飼い主のいない猫」とされています。

これが今のところ、ノラさんの正式名称。

 

ところで、今でも

ノラ猫にエサを与えている人は、飼い主だ。だから、エサをやっている人は、猫を家に連れていくべきだ。」

というご意見を聞くことがあります。

 

このご意見を、法令上の名称に直すと、以下のようになります。

「飼い主のいない猫にエサを与えている人は飼い主だ。」

この日本語、おかしくないですか?

この猫には飼い主がいるんだかいないんだか(笑)

 

日本語からも、「エサをやっている人は飼い主」が大間違いであることが分かりますね。

本日は、国語の時間でした。

 

2020年1月18日 (土)

スーパーマンはいらない

 

ノラ猫問題に限らず、様々な社会問題において、スーパーマンみたいな人がもてはやされる傾向があります。

スーパーボランティア、スーパー行政マン、などなど。

 

動物に関する世界でも、極めて有能なスーパーマンさんが、人生を賭けて、大活躍していたりします。

それは本当にすごいことで、とてもとても私にはマネはできません。

 

正直に白状しますが、私にとって、地域猫活動の普及啓発は人生の第一順位ではありません。

私にとって、第一順位は人間関係(家族→友人)、第二順位は仕事、第三順位で「趣味」である地域猫活動の普及啓発、です。

そんなだから、「あいつは全然甘い」と批判されているかもしれませんね・・・。

 

怒られるかもしれませんが、あえて書きます。

ノラ猫対策において、スーパーマンは不要だと思っています。

不要どころか、むしろいない方がいいと思います。

 

スーパーマンは目立ちます。かっこいいです。一所懸命です。

なので、みんながその人を頼りにします。

スーパーマンもみんなの期待を意気に感じ、そもそも大きな使命感を持っていますから、全力でみんなのために頑張ります。

こうやって、スーパーマンは本当にありがたい存在となります。

しかし、その結果、人々は思考停止に陥ります。

本来であれば、人任せにぜず、自分で頑張るからこそ、精神的に自立した誇り高き市民として、地域貢献できるはずなのですが。

 

ノラ猫問題は、地域に住む一人ひとりの問題です。

一人ひとりが自分の胸に手を当てて考えるべきことです。

私は、ノラ猫に関する一般市民の意識を、全体的に向上させたい。

有能で発信力のある方には、自分で直接問題解決をするよりも、むしろ、問題解決のノウハウを広く人々に伝えてほしい。

 

「プレイヤーを増やさないと」と、ある有名な動物愛護家の方が仰いました。

そうなんです。

スーパーマンはいらない。

ごく普通の愛猫家さん、糞で困っている人、町会のおっちゃん、誰でもいいのです。

無名の一般市民がたくさん、プレイヤーとして当たり前のようにノラ猫対策をしている世の中になれば、ノラ猫を排除する空気は街から一掃される。

そう私は確信しているのです。

 

 

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