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2018年10月

2018年10月28日 (日)

私はなぜブログを書くのか

私は元々、行政担当者として地域猫活動に出会いました(今は完全にプライベートですが。)。

ですので、立場上、書けないことも多いですし、目立つのは避けたいと、ずっと考えていました。

そんな訳で、ブログやホームページを作るつもりは、全くありませんでした。

ではなぜ、今、ホームページを作り、ブログを書くのか?


全国津々浦々で、ノラ猫を巡る深刻なトラブルが生じています。

地域住民の方、町会の方、行政の方、誰も有効な解決方法が分からず、インターネット等で「地域猫活動で解決しましょう」なる記事を見つけても、具体的な手順を記載したページはほとんどない・・・。

私、
「講演資料は、そのまま活動の参考書として使えるようなものにする」
をモットーにしていまして、それなりに分かりやすいという自負はありますが、いかんせん、1回の講演で私の資料を手にされる方は、多くてもせいぜい150人くらい、少ないと30人くらいなのです。

つまり、私があちこちでお話しして、資料を配っても、広まる速度は微々たるものなのです。

それに、会場に来ることのできない方も多数いらっしゃいます。

「講演会に来られない方も、地域猫活動の概要が分かるようになると、もっと広まるのになぁ。」
という思いがつのりまして、まず、ホームページに資料をアップすることにしました。


さらに、講演会場では、様々なお悩み相談、ご質問などをいただきます。
成功のためには、ちょっとしたコツもあります。
地域猫活動の特有の理論構成が、すぐには理解しにくいことも、私は自覚しています。

分かりにくい特有の理論構成についてはこちら

そういった様々なことについて、何が正解かは今でも分かりませんが、私なりの考えを書いていけたら、きっと誰かの役に立てるのではないかな、って思って、ブログも始めたのでした。


ホントのことを書きますと、今でも自信がありません。

講演本番前は、毎回、吐きそうになっています。

「人様の人生に影響を及ぼしている」と思うと、それも怖くて仕方がない。


それでも、こんな私が、少しでも社会のお役に立てるならば、この世界で生きている意味があるのではないかと、そんな風に思って、「普及啓発ボランティア」をさせていただいています。


これからも、独り言をブツブツと書いていきます。

みなさま、つまらないブログですが、これからもお付き合いいただけるとうれしく思いますm(_ _)m

2018年10月27日 (土)

サイレントマジョリティを味方につける

 

「2-2-6の法則」って、聞いたことがある方もいると思います。

これは・・・、

地域において、猫が好きな人2割、猫が苦手な人2割、好きでも嫌いでもない(特に関心はない)人が6割、という説です。

この説の出処は分かりませんが(誰か知っていたら教えてください)、地域を回っていると、「そのとおりだなぁ」と実感します。

この6割は、猫に特に思い入れが無いが故に、比較的バランスが良い考えを持っています。

好きでも嫌いでもないので、「一方的な排除」や「一方的な愛護」のどちらでもないのです。


この6割はいわゆる「サイレントマジョリティ」です。

「とくかくトラブルなくやりたい。平穏に地域生活を送りたい。」と思っている人たちです。


地域猫活動では、この「サイレントマジョリティ」を味方につけます。

ですので、私は、「売られたケンカは買わない」と資料に書いています。

活動者が、地域の誰かと激しい言い争いになっていたとしたら、サイレントマジョリティの人は、どう思うでしょうか。

「なんだかよく分からないけど、あの活動に関わると、自分も変なことに巻き込まれそうだ。」

と思うでしょう。

活動者からすると、「おかしなことを言ってきた人に反論しただけだ。私は間違っていない。」ということなのですが・・・。

サイレントマジョリティにとって、猫問題は重大事ではありませんので、「正論か否か」よりも、「平穏か否か」の方が優先順位が上です。


私は「言ってることが正しいか、正しくないか、なんてどうでも良い。」と思っています。

無茶苦茶ですかね(^^;

結果として、猫が地域で受け入れられれば、なんでもいいのではないかと。


その最後の果実を収穫するためには、まずは、活動している自分自身が地域の人に受け入れられる必要があります。

当たり前ですよね。地域の人から疎んじられている人の活動なんて、誰も賛同しませんから。

そう考えると、地域の人にどう接すればよいか、自ずと答えが出てきます。



ボランティア同士の関係も同じです。

繰り返しますが、サイレントマジョリティにとって、猫問題は重大事ではありませんので、「正論か否か」よりも、「平穏か否か」の方が優先順位が上です。

もしもボランティアが、他のボランティアの批判をしているのを知ったら、猫に関心の無い一般人はどう思うでしょうか。

「なんか、ヤバイ世界だなぁ。」と思うのではないでしょうか。

 

私自身、すぐに人を評価するし、ついつい「私の正論」を主張したりします。

これは、私の心の弱さが原因です。これは認めざるを得ない。

本当に強い人は、人を批判したり、自分の正しさを必死で主張したり、しないものです。

心が強ければ、そんなことをする必要が無いのです。

私は偉そうに言う資格のない者なのですが・・・。

けれども、自分の心の弱さを自覚して、気をつけていきたいな、とは思うのです。



さて、冒頭の方で、『地域猫活動では、この「サイレントマジョリティ」を味方につけます。』と書きました。

その方法は、一つ目には、「誰ともケンカしない」でした。
(おまけですが、「誰とも」には行政担当者も含まれます。)


二つ目は、「誠意誠実」です。

「誠意誠実」については、以前にも書きました。

誠意・誠実だけを武器にして


サイレントマジョリティの人たちは、他の人のことを見ていないようで、意外と見ています。

撒いたチラシをすべて、几帳面にファイルしている人に出会って、驚いたこともありました。

その方は、猫好きでも猫嫌いでもありませんでした。


猫のことが地域でトラブルになっているとき、一般人も「マズいなぁ」とは思っているのです。

なぜなら、平穏な地域生活を望んでいるからです。

ですので、地域で対策する人が現れると、一般人は関心をもって、その活動を見ています。

活動者が、苦情者を含む地域の人々に対して、ひたすらに誠意、誠実に、馬鹿正直に活動していると、徐々に一般人の味方が増えていきます。

なぜでしょうか。

普通の人は、「人に対して誠実な人」を応援しないではいられないからです。

逆に、「正論を主張して周囲と軋轢がある人」は、大人げない人だね、と避けられてしまいます。

(人に対する)誠意・誠実。

これは、漫然とした誠実さではなく、意思の力で行う意図的な「誠意・誠実」です。
どんなシーンでも、どんな困難なときでも、根性を据えて「(人に対して)誠意・誠実・くそ真面目」にやる。

これが最大の武器と言ってもいいです。



6割の「猫が好きでも嫌いでもない、普通の人たち」を味方につけることができるか否か、これが成功のカギです。

 

2018年10月26日 (金)

ホームページ更新

本日は、事務的な内容のみです。

これまで、自分自身のつまらないこだわりのために、あえて講演スケジュールを公開していませんでした。

ですが、「講演予定を公開した方が、皆が助かる」とのアドバイスもいただきまして・・・。

皆さんにご面倒をおかけするのは本意ではありませんので、考えを改め、ホームページに講演予定の一覧を掲載することにしました。

https://www.chiikineko.site/schedule

今でもホントは気が進まなかったりするのですが・・・。

なお、講演が入っていない日にも、仕事やプライベートで動かせない予定があったりします。
ですので、スケジュールについては、最終的には、メールにてご確認いただければ、と思います。
この点、大変恐縮なのですが、ご了承ください。

2018年10月22日 (月)

お前は誰だ?(猫写真アリ)

用事があって、本日、午前に家を出たところ、私のマンションの敷地で猫を発見。


見覚え無し!


耳カット無し!


お前は誰だ?

急いでスマホを取り出し、連写しました。

20181021_091829_3


あまり人を恐れる様子はなく、俺の方をじっと見ているけど・・・。

すぐにエサやりさんに確認したかったのですが、急いでいたので、帰宅後に確認することにしました。

5年ぶりに新入り猫さん登場か?

焦る気持ち・・・。

もう何年もTNRしてないし、できるかなぁ・・・。
また、チラシ作ったりしないといけないなぁ。

なんて考えながら一日過ごし・・・。

あれこれ用事を済ませてから、夕方にエサやりさん宅(お店屋さん)へ行きまして、写真を見せました。


「この猫さん、知ってます?」

「どれどれ。あ~、なんだ、レオ君じゃないか!」

「レオ君?」

「そうそう、〇〇さんの家の猫さん。ほら、そこの先のお家だよ。普段は家にいるんだけど、ときどき外に出ちゃってるみたい。」

な~んだ。

「交通事故に遭うと可哀想だからさ。家に入れてね、って伝えておいてね。」

「りょーかい。」


ということで、外に出ている飼い猫さんでした。


甘い!とか、テキトーすぎる!とか、叱られるかもしれませんが、地域のトラブルにさえならなければ、別にパーフェクト100点満点でなくてもいいんじゃないかな、と私は思っているのです・・・。
完璧であることにこだわると、街のみんなが窮屈な気持ちになるし・・・。

あ。首輪してね、と伝えるのを忘れた(^^;

我が地域では、昔と違って、今では誰も猫で怒っていないからこそ、こんなユルめな対応でも大丈夫なんだろうな、って思います。

私は、エサやりしていませんし、猫と触れ合ってもいません。
地元にいるのは土日だけです。

でも、こうやって、いつでも最新情報をゲットすることができます。
地域の猫好きさんネットワークが、この地域の平和の源です。
最近、ホントに私、何にもしてないなぁ・・・。

最近、住民も入れ替わってきているし、久し振りにチラシを作ろっかな。
テーマは何にしようかな。
「室内飼育の勧め」とか「知らない猫を見かけたらご連絡を」とか、そんな感じかな。


地域猫活動とはよく言ったもので(名付けた黒澤さんは凄い)、わが街の地域力を感じた出来事でした(^^)
猫さんが、街の人と人をつないでいます。
私、猫好きではないけれど、なんかいい感じ(^^)

2018年10月14日 (日)

地域住民の「合意」と「理解」

地域内でのノラ猫対策について、国の文書に登場する2つの表現をご紹介します。

ひとつは、「住宅密集地における犬猫の適正飼養ガイドライン」(平成22年2月)です。

 

環境省作成です。
このガイドラインにおける「地域猫」の定義は、以下のとおりです。

 

---------------------------

 

※地域猫とは

 

地域の理解と協力を得て、地域住民の認知と合意が得られている、特定の飼い主のいない猫。
---------------------------
ここで注目していただきたいのは、「地域住民の認知と合意」という言葉です。


もうひとつは、「家庭動物等の飼養及び保管に関する基準」(平成25年9月)です。

 

平成25年9月の改正動物愛護管理法の施行に合わせて改訂された、環境省告示です。

 

動物愛護管理法の趣旨を実現していくための、広く国民に向けた公文書です。

 

---------------------------

 

飼い主のいない猫を管理する場合には、不妊去勢手術を施して、周辺地域の住民の十分な理解の下に、給餌及び給水、排せつ物の適正な処理等を行う地域猫対策など、周辺の生活環境及び引取り数の削減に配慮した管理を実施するよう努めること。

 

---------------------------

 

ここで注目していただきたいのは、「住民の十分な理解の下に」という言葉です。


平成22年のガイドラインでは「合意」だったものが、平成25年の動物愛護管理法(改正法)施行を反映させた環境省告示では、「十分な理解」に変わっています。


それぞれの資料を直接読みたい方は、ホームページへどうぞ。

 

https://www.chiikineko.site/law-guide


「地域の合意が必要だ」と考え、町会の事前合意を取るべきという話を聞くことがあります。

 

では、現実問題として、町会の事前合意って、ホントに可能でしょうか?

もちろん、可能です。
事前合意が取れた事例がいくつもあります。
ただし、行政、ボランティアさん、あるいは町会の方の中に、どなたか高度なコーディネート能力のある方がいて、地域内で調整し、ときにはハードなネゴシエーションをしながら、話をまとめ上げていることが多いと思います。

私自身も、町会組織の事前合意に関わったことがあります。
私は、全然コーディネート能力が無いので、かなりの調整期間を要しました。

 

半年を要した地域もありますし、1年を要した地域もあります。2年を要した地域もありました。

どの地域も、猛烈にトラブルになっていた地域です。

地域の合意の上で動き出せば、もちろん、非常に強力に対策が進みます。

 

理想的な対策環境となります。

ですが、事前合意を取り付けることは、どの地域でもできるようなことではないし、誰でもできるようなことでもないと、私は考えます。

合意を得るには、普通は、町会総会での議決、ということになりますが、そこまでもっていくのは並大抵のことではないのではないでしょうか。

 

(それをしている地域の方、ボランティアさんは本当にすごい。頭が下がります。)


私は、2008年に、「地域猫活動」と言われる対策に、はじめて出会いました。

 

それから10年経ちましたが、2008年当時に師匠達から教わったことを、今でも、なんとかの一つ覚えのように繰り返しています。

私が教わったことは、以下のようなことです。
---------------------------
ノラ猫問題は、大抵の場合、町会全域の問題ではなく、町会内のごく一部の地域で生じている揉め事である。

しかも、住民同士のいざこざとなっているので、町会としては、とても介入しにくい。近隣トラブルの仲裁は、町会としては最も避けたいところである。

加えて、町会は、日頃から、警察、消防、役所等から様々な仕事を頼まれていて、てんてこまい。「地域猫活動」などという聞いたこともないことに関わる余裕はない、と考えるのも無理はない。

少なくとも、課題山積の町会において、通常は、ノラ猫問題の優先順位は、下の方とならざるを得ない。

そこで、地域住民の有志(多くの場合、猫が好きな方で、かつ良識的な近所付き合いができている方)が、町会の「理解」を得て、地域のために活動する、というのが現実的だということになる。

町会さんには

 

「もしも苦情がありましたら、『ボランティアか行政に言ってくれ』と振ってもらってかまいません。あと、町会回覧や掲示板のご協力をお願いします。」

 

とお話しし、「まぁ、それくらいならばいいかな。」とご安心いただきつつ、活動を見守っていただく。

実際には、徹底的に地域広報をして、セオリーどおりに対策をすると、効果が表れるし、地域住民から感謝されるので、結果的に、活動は町会内で評価される。

 

町会とすれば、「手が付けられなかった問題を解決してくれた、ありがたい人たち」ということになる。

こうして、結果として、地域の合意に至る。

 

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最初は、
「ふ~ん。よく分からないけど、まぁ、行政の方も付いているし、回覧くらいなら協力してもいいですよ。」
な~んて仰っていた町会さんから、1年もすると、
「これ、素晴らしい活動だから、総会で活動報告をしてくれませんか。」
というご連絡をいただく。

これが醍醐味です。

最初はハードル低めに、でも、しっかり果実は取りにいく。


暴論を承知で書きますが、地域猫活動では、理念も、理論的整合性も、二の次、三の次。

 

「何よりも住民感情に最大限配慮しながら、なんでもいいので、猫を巡る住民トラブルの永続的な解決という、具体的な果実を取りにいく。そういう、住民自身による活動。」。

この超現実主義に、私は惚れ込んだのです。

ま、「究極の結果オーライ方式」とも言えますが(^^;

とにかく地域の皆が安心する、そういう、住民自身の地域活動であればよいのかな、と。

 

 

「ホントかよ」と思ってやってみたら、本当に成功したし。

あれこれと理論はあります。
私自身も、あれこれ書いたり発言したりしています。
それらは、成功例や失敗例から生み出されてきたもので、もちろん事実ではあります。

けれども、究極的には、上記のような超現実主義、超結果主義なのだと、私は思います。


ただ1点、「地域の理解」を得られるかどうかについては、やはり、「行政の信用力」を借りられるか否かで、状況がだいぶ変ってきます。

 

行政のチラシが1枚あれば、ずいぶん違うのですが・・・。

 

その辺のところは、ホームページに掲載した資料をご覧ください。
https://www.chiikineko.site/presen


「地域猫活動において、理屈は二の次」みたいなことを、長々と理屈で書いているという、この矛盾(笑)

理屈を捨てるための理屈(笑)

ま、なんでもいいので、まちを笑顔にしましょう!
そのためには、活動する方自身も笑顔で楽しんでやりましょう。
誰に強制されたのでもない、自主的、自発的な活動なのですから(^-^)

2018年10月11日 (木)

ホームページに最新版資料を掲載

本日は事務連絡のみです。

講演を重ねるごとに、資料がバージョンアップしています。
元来怠け者の私ですが、講演に呼んでいただけることによって、資料が洗練されていくので、ありがたい限りです、

そこで、このたび、ホームページに掲載している資料を最新版に更新しました。

下記リンク先の「標準の資料」をクリックすると、最新版資料のPDFをご覧になれます。
https://www.chiikineko.site/presen

前のバージョンよりも、分かりやすくなったのではないかなぁ、と思っています。

猫が好きな方、被害で困っている方、どちらの立場であっても、地域のノラ猫問題解決のために、ご活用いただけるとうれしいです。

2018年10月10日 (水)

「ボランティア」って何?

いきなりですが、「ボランティア」って何でしょうか?

 

Wikipediaによれば・・・、
「自発的に他人・社会に奉仕する人または活動」
「基本理念は、公共性、自発性、無償性、先駆性」

 

とのこと。

 

語源は、聖書の記述にある「ヴォルンターテ」。
その意味は、「自ら進んで」。

 

そこから、英語の「ボランティア」という言葉が生まれたそうです。
その元々の意味は、「志願兵」。
すみません、ぜんぶ、受け売りです(^^;


私は、
「自発的で、無償の、社会貢献活動」
なのではないかな、と考えています。

私は、自分自身について、「ボランティア」であることに拘っています。

 

色々とやらせていただいていますが、すべて、誰に強制されたのでもない、自発的な活動です。
自発的であるが故に、あらゆることから自由です。
何ものも、私の行動の邪魔はできません。

 

何ものにも負い目なくやっていくために、自主・自立をモットーとしています。

いや。
「ボランティア」どころか・・・。
「やってあげている」などという傲慢な気持ちが生じないように、周囲には、
「これは俺の趣味!好きなことをやっているだけ!」
と言い放っていたりします。

私は弱い人間ですので、こうやって少々オーバーに気を付けていないと、すぐに、
「自分は、いっぱしの人間だ。未熟な人に、私が教えてあげる。」
な~んて勘違いをして、鼻持ちならない人間になってしまいそうで、怖いのです。
とにかく、注意注意!
一番信用できないのは、自分!


先日、ねりまねこさん主催、練馬区後援による「地域猫セミナー」が開催されました。

 

私はいつもどおりの話をしたのみで、取り立てて言うことはないのですが・・・。

練馬区の行政担当者も登壇しました。
どんな質問だったか忘れてしまったのですが、質疑応答の際、その担当者が言いました。

「ノラ猫で困っているのでボランティアを紹介してほしい、という電話は結構いただくのですが、お断りしています。ボランティアさんに現場を振ることはしていません。」

 

おお。やるじゃん。

ボランティアは、自主自立の活動です。
行政や住民の下請けではありません。
  1. 行政は、「猫を巡る地域トラブルを解決しよう。」、と自ら手を挙げた人の、自主性、自発性を最大限尊重し、活動しやすいように後方支援する。
  2. ボランティアさんは、「自主的な、社会貢献活動」として、行政の後方支援を得て、地域住民と共に、「公共的活動」をしていく。

これが、地域猫活動における、行政とボランティアさんとの、信頼関係の根幹ではないかと、私は思っています。

 

2018年10月 6日 (土)

永続可能な活動スタイルが大切

9月15日の記事で、現場の活動者の方は、圧倒的に愛猫家の方が多いと書きました。

 

地域猫活動のねじれ

 

これは地域猫活動の構造的な弱点です。

 

「地域猫活動は環境改善活動」
定義はそのとおりではありますが、大半の方々の原動力は、「猫を助けたい」という思いなのです。


住民の方からボラさんに相談があります。
「近所でノラ猫が増えてしまって。助けてくれませんか。」

行政からボラさんに話があります。
「〇〇町×丁目の△△△センターのあたり、最近すごく猫が増えていて、苦情が来ているんですよね~。」

上記のような話を、私が聞いたとしたら、「冷たい」と怒られそうなのですが、心は動かされません。
「なんとかして猫を助けたい!」という思いはなく、「自分の住んでいる地域の平和を維持したい。」と思っているだけだからです。

その地域に出かけて行って、地域猫活動を推奨することもしません。
家庭、仕事、自分の地域への責任、講演等で関わった皆さんへの責任。
それ以上の責任は負えません。

なんか私、冷た~い人間に思えてきました・・・(^^;


一方、愛猫家のボラさんは、上記のような話を聞いてしまったら、動揺します。
だって、猫を助けたいのですから。
可哀想なノラさんの話を聞けば、心波立つのは当たり前です。

「助けたい」という思いと、「今、全然余裕がない」という思いの間で葛藤します。
「自分が断ったら、その地域の子たちはどうなるのだろう。」

だから、ボラさんが愛猫家と知っていながら、他地域の不幸なノラさんについて対策を依頼するのは、たとえ悪意はなくとも、ちょっとズルい行為だと思っています。

だって、ボラさんは、断れないのです。
泣く泣く断るとしても、罪悪感を感じるのです。
「ゴメンね。助けてあげられないよ。本当にゴメン。」

ボラさんたちには、純粋な思いがあり、可哀想なノラさんを放ってはおけないのです。

「嫌なら断ればいいじゃん」
というセリフが聞こえてきそうですが、相手が猫好きだと知っていて、足下を見ている行為だと思います。

ボラさんは、猫を人質に取られているようなものなのです。

そして、ただでさえ苦しいのに、さらに無理をします。

自己の能力を超えて現場を抱え、立ちいかなくなった人たちがいます。
悪意ではありません。
助けたい一心だったのです。
でも、結果的には、地域住民も、猫も、もちろんご自身も、皆が不幸になります。

お手軽に依頼した人たちは涼しい顔です。
「嫌なら断ればよかったのに」

 

先日のセミナーで、来場者の方から相談されました。
「自分が猫活動に入れ込みすぎると、主人が嫌な顔をするんです。」

私の答えは以下のとおりです。

「家庭が第一です。
自分が幸せでなければ、困っている人を助けることはできません。
同じように、自分の生活がきちんと安定していなければ、可哀想な猫を助けることはできません。
まずは、ご主人を大切にしてください。
その上で、猫活動をなさってください。
永続可能な形で活動をしていくことは、最も重要なことです。」


「自己犠牲は美徳ではない。」
怒られるかもしれませんが、これが私の考えです。

自己犠牲によって、泣きながら活動しているならば、一旦立ち止まって、涙の原因を冷静に分析し、除去し、楽しく活動できるやり方に改めてから、再スタートすべきです。

猫活動に限らず、すべてのボランティア活動は、自己犠牲の活動ではなく、自分の人生を豊かに輝かせるためのものだと思います。

だから、時間もお金も「犠牲」ではなく、「豊かな人生のための対価」みたいなものだと思うのです。



「すべての猫を助けることはできない、と思っています」
全国区のTNR&保護譲渡団体である、ねこけんのM代表の言葉です。

あれほどの実績がある団体の代表の言葉、重いですね・・・。

ひとりで(あるいは仲間だけで)できることには限りがあります。

「知ってしまった現場の猫は、みんな助けないと」なんて思ったら、疲弊して最後は動けなくなります。

それは、猫にとっても不幸なことになります。

家庭や仕事など、まずは自分の生活を第一に考える。

その上で、自己の能力を冷静に把握し、それぞれが出来る範囲のことをする。

そして、助けてあげられなかった悔しい思いは、助けてあげられる猫への情熱に代える。

そうやって、永続的に安定的に活動を続けていくことこそが、重要だと思うのです。


最後にひとこと。
行政も、住民も、ボラさんに現場を気軽に振らないでほしい。
ボラさんの純粋な思いを利用するのは、絶対に止めてほしい。
心からそう思います。

 

2018年10月 5日 (金)

苦情の嵐の中で

9月下旬、いくつか自治体職員向けの研修で講師をさせていただきました。
どこの自治体も、住民の方々からの、ノラ猫に対する苦情に苦慮されていました。
私は、いかにして苦情を減らしていくか、という観点からお話をさせていただきました。

思い起こせばもう10年前、2008年4月にノラ猫対策担当者になったとき、次々と寄せられる苦情の数の多さと、皆様の憤りの大きさに圧倒されて、何も打つ手の無い毎日でした。

それまで、「猫」という生き物に、何ら関わりなく、何の関心もなく生きてきた私にとっては、あの小さな動物が人々の心に巻き起こす「愛」と「憎」についていけず、戸惑うばかりでした。

自治体の中でも、動物担当部署は、多くの苦情に晒される部署のひとつです。

住宅地では、犬や猫に起因する問題で困っている住民の方はとても多いです。
しかし、残念ながら即効性のある解決策はありません。
そのような状況下で、「なんとかしてほしい!」という強い思いが、自治体に寄せられるのです。
それは、無理のないことだと思います。

一方で、「エサをやっていたら怒鳴られた。」「警察を呼ばれた。」など、愛猫家の皆様からの訴えも寄せられました。泣いている方もいらっしゃいました。
当時は、私には、エサを与える方の心理は分かりませんでしたが、しかし、嘆き、悲しみの心情はよく伝わってきました。

全く相反する価値観。
両者の板挟みの中で、心を病む職員も少なくありません。

自治体職員を守らないと、住民を守れない。
なぜなら、自治体職員は、地域全体のために頑張るのが仕事ですから。
自治体職員が元気に、創意工夫して仕事ができることが、地域の人々の豊かな暮らしにつながると思っています。

そういう思いもあり、普及啓発ボランティアをさせていただいています。


先日、仕事ノートを整理していたら、古い仕事ノートが出てきました。
そこには、2008年6月20日の午後に、新宿保健所に視察に行ったことが記されていました。
すべては、この日から始まりました。

地域猫対策で日本で最先端を走る新宿区に、話を聞きに行ったのでした。
スーパー行政マンであった高木優治さんと、皆様ご存知の、NPO法人ねこだすけさんがタッグを組み、次々と施策を打ち出していました。
ド素人の私に、高木さんは懇切丁寧に施策の説明をし、そして言いました。
「これが、本当の、住民との協働だから。よくある丸投げとはまるで違うから。」

それから、高木さんは地図を広げました。
地図は色分けされていました。
「色が付いているのは、対策に乗り出した町会だよ。最近ようやく、町会さんがこの施策に乗ってきた。やはり、町会さんが入ってくるのは最後になるね。」
そんなことを仰っている高木さんでしたが、地図は着々と対策している町会が増えていることを示していました。

「これはすごい」
すっかり圧倒されてしまい、人生が狂ったという訳です。

さらに後日。
「次はとにかく、ねこだすけさんに話を聞かないと」
と思って、ねこだすけ事務所に行き、お話を伺いました。
14時頃に伺って、事務所を出たのは23時頃でした(;^_^A

たんまり洗脳され、一丁上がり。
「苦情の嵐を鎮めるには、行政としては地域猫活動しかない。これは、住民のためになる。」

そう腹を括りまして、もう10年経ちました。


猫好きでもない私が、猫問題を語る。
人生って、何が起こるか分からないですね。

地域猫活動を通して、多くの町会関係者の方、ボランティアの方、全国の自治体の方、多くの皆様とお知り合いになれました。

未だに猫が好きでも嫌いでもない私ですが、それでも、猫問題を通して多くの方々とご縁ができたのですから、私も猫によって人生を豊かにしてもらった一人ですね。

考えれば考える程、猫って不思議な動物ですね・・・。


あ!
高木さん、工藤さん、了解も得ずに記事にしてしまいました。
ご容赦をm(__)m

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