地域猫活動の苦情?
右も左も分からなかった頃に、色々と教えてくれたボランティアさんがいます。
表舞台に出るのを好まない方なので、あまり知られていないボランティアさんなのですが、その方は、多くの地域で、住民を巻き込みながら、ノラさんの対策を成功させていました。
その方のおかげで、今の私があります。
あるとき、その方が仰いました。
「なぜ地域住民から苦情を言われるようなことになるのか、私にはさっぱり分からない。これまでやってきて、地域の方から感謝されることはあっても、嫌がられたことはない。」
行政担当者から
「地域猫活動のボランティアさんに対する一般住民からの苦情が多く、苦慮している。」
と言われることがあります。
改めて、地域猫活動とは何でしょうか。
様々な考え方があると思いますが、私は以下のように考えています。
- 地域コミュニティの内部における、ノラ猫被害対策である。
- 地域住民有志が近隣の理解と協力を得て活動している、または、地域住民団体(町会等)が主体的に活動をしている、または、地域外ボランティアの支援の下で地域住民が十分に理解し、協力し合って活動が行われている。
- 去勢不妊手術と、その後の見守り活動によって、頭数の漸減を着実に実現していく。
- 必要に応じて猫トイレ等の具体的な被害対策も行っていく。
- 被害者の心情にしっかり寄り添う。
- エサやり者の心情にも寄り添いつつ、エサやりマナーはきちんと守ってもらう。
以上のような活動ならば、地域の一般住民から苦情が来るはずがないと思うのです。
「エサやり者から、手術なんて自然に反する、と苦情を言われることもある。」
「とにかくエサやりさえ止めればいいのだ、と強硬に反対されることもある。」
等々、反論が聞こえてきそうですが、ここで私が言っているのは、あくまで「一般住民」です。
私も自宅周辺の対策をしましたが、
「なんかノラ猫が増えてきちゃったので、去勢不妊手術をしようと思っているんですよ~。この辺のノラ猫について、何か情報はありませんか?」
とペコペコ頭を下げながらご近所を回ったところ、
ほとんどの方が
「え?本当ですか?ありがとうございます!」
と言ってくださいました。
あげく、私のマンションの管理会社の方からは、
「救世主ですね!」
と言われ、さすがに困惑したことも・・・(^^;
私のマンションの管理人さんが退職することとなり、本日、ご挨拶をしました。
そのとき話題になったのが、もう6年も前、地域の皆で対策をしたときの思い出話です。
管理人さん
そう言って、お互いに懐かしんだのでした。
なぜ、活動自体が苦情の原因となるのでしょうか。
とりあえず思いつくのは2つのパターンです(他にもあるかもしれませんが)。
- 地域住民の思いよりも、猫を優先する活動スタイルである。
- 地域住民の立場や心情に配慮しないまま、「正論」を押し付ける活動スタイルである。
「猫を守るためには、猫よりも人を優先することが重要」
という逆説を理解し、実行することができるかどうか、がポイントです。
〔2について〕
人にはそれぞれ立場があります。思いもあります。プライドもあります。
そこに配慮しないで、ただ「正論」を主張しても、「不愉快な人だ」と思われるだけです。
「ノラ猫問題は地域の問題なのだから、地域住民がやるべきだ。」として、相手の心情に配慮した丁寧な説明の過程をすっ飛ばして無理に役割を押し付けたり、住民を言い負かしたりする事例があります。
地域猫活動って、ホントに逆説の世界だな、と思います。
「負けるが勝ち」
正論を情熱の炎のように胸の内に秘めつつ、自分自身のプライドは横に置いて、他者の心情とプライドには十分に配慮し、何でもいいのでとにかく「猫で困っていた人も、猫が好きな人も、皆が安心して暮らせる地域社会」という結果を取りに行く。
そんな活動だと、私は思うのです。
「プライドを横に置くことができる」というプライド。
それは、「正論を胸に秘めている」からこそ、為せる業だと思います。
「謝るのは無料(ただ)。猫のために、いつでも謝ります。」
という大先輩がいらっしゃいます。
私は愛猫家ではありませんが、そんな私でも、「さすがだな~。これぞ猫への愛だなぁ。」と感嘆するばかりです。
地域猫活動は、地域トラブルを解決するための活動です。
その活動自体が地域トラブルになるのでは、本末転倒です。
地域トラブルが解決するからこそ、猫が地域で安住できるのです。
理屈や手法は色々ありますが、その前に、まずは、「地域の一般住民に受け入れられる活動」であることが基本の基本だよなぁ、と思うのです。
なぜなら、地域猫活動は、文字通り「地域の中での活動」なのですから。