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2018年4月

2018年4月30日 (月)

保護譲渡についての思い

前回の記事を補足します。

やはり議論になったようですので (^^;)

 

まず最初に、これから書くこと(昨日までも、明日以降も、同じですが)は、私の考えであり、他の意見を否定するものでは全くありません。

「様々な意見があって、時にはぶつかるくらいでないと、世の中は面白くないし、発展もしない。」というのが私の根本思想です。

 

では、私の考えです。長文ですが、お付き合いください。


1 地域猫活動は、地域の猫トラブルを地域の力で解決していくもの。

2 活動者は地域住民であることが基本。外部から広域ボラさんがお手伝いに入ることもありますが、あくまで主役は地域住民。

3 保護譲渡は、「地域住民の皆で相談し、地域の中で譲渡先を見つける(地産地消)」場合には、地域猫活動の一部と言っても矛盾はないと思います。

4 いわゆる「保護譲渡活動」と言われるような、広域ボラさんによる保護譲渡は、1と2とはやはり質が異なると思います。

5 一方、猫トラブルで困っている地域において、「子猫の譲渡先が決まりました。」というボランティアさんの言葉は、地域の人の心に「ああ、よかった。」という安心をもたらします。誰だってトラブルを穏便に解決したいし、誰だって本音では「猫はちゃんと飼われるのが一番」と思っていますから。

6 譲渡先のご家庭に、飼い主のいない猫の問題を考えてもらうきっかけとなり、啓発効果があります。

7 現実には、地域猫活動をしながら保護譲渡することは多くあります。後述しますが、私だって保護譲渡(もどき)をやりました。猫が好きでもないのに。ボランティア(=自主活動)ですから、何をしたっていいと思うのです。

8 「少しでも保護譲渡をしたら、その活動は地域猫活動ではない」ではないです。そんなことを言ったら、大半の活動が地域猫活動でなくなってしまいます。

9 8のような考えではなく、「保護譲渡をすることは当然あるが、それは、地域猫活動とは別の、自由な愛護活動として考え、それぞれの良心と信念に基づいて、行うものだと思う」というのが私の考えです。

 

〔私がやった譲渡活動(もどき)〕

前回ブログで書いたように、我が家は、猫アレルギーの女房とオカメインコと幼児のいる家でしたので、猫を家に入れることは不可能であり、全く保護をするつもりはありませんでした。

ところが、TNR決行予定日の前夜に、しばらく見かけなかったメスが子猫を連れて餌やりさん宅に登場、お披露目となりまして、私としては、頭を抱える事態となりました。

私は、家庭の状況から、責任をもって保護譲渡することが不可能でしたので、餌やりさんに餌付けしてもらいながら、手術できる月齢になったら病院に連れて行って去勢不妊手術をするしかない、と考えました。

しかし、餌やりさん(気の良いおじさん)は、「こいつら、飼い主を探してあげることはできないかなぁ。なんとかしてあげたいんだよ。」とおっしゃいました。

さらには、町会の役員の方(猫が好きな方)も、「私も、誰か飼ってくれないか探してみる。」と言ってくださいました。

それで、私も心動かされまして・・・。

そこで、餌やりさんに子猫の写真を撮ってもらい、私がチラシを作って、町会回覧をお願いしました。
また、餌やりさん宅はお店なのですが、そのお店にもチラシを貼り出しました。
私のマンションにも、管理人さんの許可を得て、貼り出しました。
繰り返し、仕事後に近隣を回ってポスティングをしました。

結局、5頭の子猫のうち、4頭に飼い主が見つかりました。

4頭のうち、3頭は地域の方のご友人や餌やりさんのお店のお客さんの飼い猫に(みんな地域外の方)、1頭は、地域の方の人脈とは全く無関係に、インターネット経由で安心な譲渡先が見つかりました。

譲渡先探しの過程で、私を含む地域の有志が結束し、とても楽しい体験でした。

譲渡先が見つかったときには、みんなニコニコでした。

ちなみに、譲渡先が見つからなかった1頭は、結局、餌やりさんの飼い猫となりまして、いつもお店にいます。私も時折、顔を見に行きます。ぬくぬくと、えらく太った猫になっています。

 

長文ですいませんでした。

私の、保護譲渡に関する考えや、心の思いは、以上のような感じです。

2018年4月28日 (土)

保護譲渡は地域猫活動か

論争になり易いので、できたら避けたいのですが、しかし、このテーマを書かない訳にはいきません。

飼い主のいない猫を巡る活動の中に、保護譲渡活動があります。

一般の方にノラさん問題を周知啓発する効果もあり、とても意義のある活動です。

猫の保護譲渡は、地域猫活動なのでしょうか。

 

地域猫活動とは何か?おさらいです。

1 猫が好きだろうが嫌いだろうが関係なく

2 地域の皆で「飼い主のいない猫で問題が生じている」という課題を共有し

3 生態に見合った適正管理(手術や定点定時の給餌など)を進めていきます。

4 その結果、被害が減少し、個体数も徐々に減少します。

5 そうやって、地域住民と猫が共生できるような地域づくりを進めていく、

6 地域密着型の、草の根の市民活動です。

 

地域に貢献する公共的な地域活動だからこそ、行政が支援する(税を投入したり、職員を配置したりする)理由がある訳です。

上記1~6を満たせば、活動者の動機は問いませんから、愛猫家の方、町会の方、ふん尿被害者の方など、地域猫活動は誰がやってもいい活動です。

 

一方、猫の保護譲渡は、基本的には、猫が好きな方が行う活動です。

専門的なスキル、そして時間とお金が必要です。

譲渡先が見つからなければ、活動者が自分の飼い猫として終生飼育することになります。

 

「地域猫活動には、猫の保護譲渡も含まれる」

というセオリーが確立されていたらどうでしょうか。

 

地域猫活動は愛猫家が行う活動ということになります。

 

現場では、地域住民から

「地域猫活動では、猫を保護してくれるんですよね。」

と言われることになります。

 

町会単位で地域猫活動をしているところもたくさんあります。

町会さんで保護譲渡をするでしょうか。

している町会さんもあるとは思います。

けれども、町会単位で保護譲渡活動をしていくのは、かなり困難なことだと思います。

 

愛猫家でない人が地域猫活動していることもあります。

私もそうでした。

私の場合は、猫アレルギーの女房とオカメインコと幼児が家族でしたから、猫を家に入れるなんてあり得ない。そもそも、私は猫好きでもなんでもない。

もしも、地域の方から、「ネットで調べてみたら、地域猫活動って猫の保護をしてくれるのね。助かります。よろしくお願いします。」と言われたら、私は本当に困ってしまったでしょう。


愛猫家の方だって、猫を保護して、病院で必要な検査を行い、譲渡先を探し・・・、という一連の手間は、大変なものです。

それなのに、現場で「地域猫活動って猫の引き上げをするんですよね。今、この現場に6頭の子猫がいるんです。保護をお願いします。」と安易に言われたらどうでしょう?

「え? ちょっ、ちょっ、ちょっと。そんな安易に。勘弁してくださいよ。」ということになると思います。

 

もちろん現場判断として、猫を引き上げることも、多々あると思います。

それは当然のことですし、一切否定するつもりはありません。

 

ですが、猫を引き上げるか否かは、あくまでも、現場における、活動者の自由な判断によらねばならない、と思うのです。

「保護譲渡は、地域猫活動には含まれない。保護譲渡は、地域猫活動外のものとして、活動者がその都度、自由に判断していくべきもの。」

 

このセオリーは、「ボランティアさんの自由で自主的な活動を守るため」、そして「地域住民の共生意識向上のため」、私はどうしても譲れないのです。

 

2018.4.28追記

私、保護譲渡ボランティアさんも大好きですので、誤解なきよう。

どのような立場の方であっても、まず人を大切にする方で、かつ、御自身の活動に真摯に向き合っている方なら、みんな大好きですし、応援もしています(^-^)

2018年4月25日 (水)

持ち込みゼロ

「殺処分ゼロ」

今や、どこでも言われています。

公的機関が動物を殺処分する、ということは、動物愛護の点で問題があるだけではなく、税金の使い道としても、それでいいのだろうか、という気がします。

私のように動物愛護家でない者からみても、何も生み出さない不毛なことだと感じます。

殺処分は、できるだけゼロに近づけていく努力が必要だと思います。

 

とはいえ、行政が、単に「持ち込まれた動物を殺処分しないことに決める」というだけでは、根本解決にはなりません。

持ち込まれた動物を殺さないためには、公的機関としては誰かに引き取ってもらうしかありません。そうでないと、抱える頭数が増え続け、限界を超えたら、再び殺処分せざるを得ない状況に追い込まれてしまいます。

実際、多くのボランティアさんが、命を守るために、公的機関から動物を引き取っています。

では、ボランティアさんは、いつまでも引き取り続けなければならないのでしょうか。

 

ここで、「動物の愛護及び管理に関する法律」を見てみます。

第一条(目的)「この法律は、(中略) 人と動物の共生する社会の実現を図ることを目的とする。」

なかなか崇高な理念ですね。

 

とても大切な点なのですが、「人と動物の共生する社会」とは、みんなで動物を可愛がる社会のことではありません。

そりゃそうですよね。動物が苦手な人だっていますしね。

私だって、犬も猫も特別に好きなわけではないし・・・(犬は少しだけ苦手)。

 

さて。

もうちょっと詳しく第一条を読むと、「愛護に関する事項を定め」「管理に関する事項を定め」「もって人と動物の共生する社会の実現を図ることを目的とする。」と書いてあります。

「愛護」と「管理」です。

つまり、動物を命あるものとして尊重し、同時に、動物によって人間生活に支障が生じることのないように適正管理する、ということです。

この両輪が揃って、「人と動物の共生する社会」です。

 

動物を命あるものとして尊重していないからこそ、「もう飼えない」と、安易に公的機関に持ち込もうとする訳です。

動物がきちんと管理されておらず人間社会に問題が生じているからこそ、「迷惑だ」と、公的機関に持ち込もうとする訳です。

 

税金を使って殺処分したり、あるいは、殺処分しない代わりにボランティアさんが引き取ったりしているのは、共生できていない社会のひずみの尻拭いです。

 

愛護と管理の両輪が整えば、公的機関への動物の持ち込みは減るはずです。

そうすれば、大変な苦労をして走り回っているボランティアさんもいらなくなります。

 

だから、私は、「殺処分ゼロ」というよりは、「持ち込みゼロ」を目指そうよ、と言いたい気持ちです。

 

2018年4月22日 (日)

地域猫活動はハードル高すぎ

「地域猫活動はハードル高すぎ」という声をよく聞きます。

なぜそのような声が出るかというと、地域猫活動は、地域の人達とコミュニケーションを取らねばならないからです。

特に「猫被害で怒っている人と話すなんて無理です」というご意見が多いようです。

そりゃそうですよね~。誰だって、怒っている人と話すのは嫌です。

このような声に対し、私の心の中には、まるで矛盾するふたつの答えがあるのです。

 

答えその1

誰しも、得意、不得意があります。自分には難しいと思うことを、無理してやる必要はありません。地域猫活動にこだわらなくても、TNRのみの活動や、置きエサを止めるなど、猫が嫌われ者にならないように、それぞれが、できる範囲のことをやればいいのです。

地域猫活動はもちろん理想ですが、誰でもすぐにできるとは限りません。地域猫活動に向かって、できることから少しずつ前に進んでいきましょう。

 

答えその2

地域猫活動は、誰にでもできます。

大それた「活動」ではなく、自宅周りだけでいいのです。自宅近隣にお話ししながら進めていく、地元住民による地味な地域活動が、本来の地域猫活動です。

高度なコミュニケーション能力も不要です。

話が上手な人が成功するのではありません。誠実な人が成功します。

近隣の人に、不器用でも誠実に、一所懸命お話しして、コツコツと対策を進めます。活動経過も近隣に報告し、「あの人は有言実行の人だ。本当に助かる。」と思ってもらい、人柄を信用してもらいます。

 

地域猫活動では、情報収集のために近隣の戸別訪問をしなければなりませんが、「最初の1軒目の呼び鈴を押す」勇気さえあれば、あとは先に進みます。

「最初の1軒目の呼び鈴を押す」壁を乗り越えるために、私は、二人組での活動を強く推奨しています。

一人では無理でも、二人ならば知らないお宅に「ピンポン」できますよね。

戸別訪問時にどんなことを話すのかは、講演資料を御覧ください(HOMEにリンクがあります。)。

 

「簡単に、よく言うよ。」と思われるかもしれませんが、実際、私も自宅周りでやりました。

「最初の1軒目の呼び鈴を押す」ときには、心臓が飛び出るほどバクバクしました。

特に、私は一人でやりましたので(怖かったので当時4歳だった息子を連れていきました。)。

でも、ビックリするほどご近隣の反応が良く、応援していただき、猫さん情報が寄せられ、様々にご協力いただき、本当にありがたい限りでした。

 

私が活動できた時間は、帰宅後の深夜と週末だけでしたが、ご近所が協力してくれましたので、十分やれました。

活動範囲は、自宅周辺のグルッと一周して6~7分くらいの小さいエリアだけです。

その後、他の地域では活動していません。自分の地域が平和になったので、私の場合は、それでいいかなと思っています(もちろん、どんどん新しい地域で活動していく能力のある方は、素晴らしいと思いますが、誰もができる訳ではないので。)。

 

地域猫活動、新しい世界が開けますので、お勧めではあります。

少なくとも、私はとても楽しかったです。

 

 

答えその1でいくのか、答えその2でいくのか、それは、それぞれが自分で判断することです。

どちらでもいいと思うのです。

ただ、大切なのは、自分自身で決断することです。

ボランティア(=自主活動)ですから、誰かに強制されることではありません。

「なんにもしない。」という選択肢だってあります。

「さて、自分はどうしようかな。」と考え、判断していただければと思います。

2018年4月21日 (土)

地域猫活動は愛

3月に、ねりまねこさんのシンポジウムに呼んでいただいて、その打上げの席でゴールゼロの齋藤先生と楽しくお話ししたのですが・・・。

とある、ノラさんの手術に協力的な獣医さんは、緊急の場合に限り、夜間の診療も受け付けていたそうなのですが(そういう先生、多くいらっしゃいますね)、ボラさんたちが、日中の混んでいる時間を避けたいと、夜間にばかり先生を呼び出して手術をお願いしたそうです。

それは先生に対する思いやりがないよね~、という話になったのですが、そのとき思わず口に出たのが、「地域猫活動は愛」。

齋藤先生も「そーそーそー。地域猫活動は愛だよ~。」と言ってくださって、意気投合したのでした。

 

獣医さんに対する思いやり。

孤独な餌やりさんに対する思いやり。

ノラ猫被害で激怒している人への思いやり。

他のボランティアさんに対する思いやり。

 

そうやって、ボランティアさんが、地域の色々な立場の人たちに思いやりを示すことで、地域の人と人とをつないでいき、まちに平和をもたらすのではないかと。

地域猫活動のボランティアさんって、平和の使者なんではないかと思ったりします。

 

だから、「地域猫活動は愛」。

愛とは、「他者の思いに対する、目一杯の想像力」だと思っています。

 

誰もが、自分の話を聞いてほしいのです。

誰もが、自分が一所懸命に生きていることを認めてほしいのです。

どんなに不器用な生き方をしている人だって、心の奥底では、誰かとつながりたいと願っています。

 

実際には、超個性的な人も多く、理想どおりにいくことなんかありません。

現場は戦場みたいなものですから、自分の度量が試されますよね。

 

私も、ついついカチンときてしまうこともしばしばで、まだまだダメなんです。

それでも、以前よりは少しはマシになったような気がしています。

地域猫活動は、私を成長させてくれたと思っています。

 

「地域猫活動は愛。」

皆さんはどう思われますでしょうか?

2018年4月20日 (金)

猫好きでもないのに

猫好きでもない私が、なんで地域猫活動というものにハマっているのか、よく自問自答しています。

様々な価値観を持つ人々が、どうやったら共存できるかをよく考えています。

人はみな、自分の価値観を支えに生きています。

逆に言うと、価値観だけは誰にも譲れない。

100人いれば100の価値観があって、それぞれが「私の考えが正しい」と思っている訳です。

だから、人はすぐに争うのですが・・・。

地域猫活動は、それぞれの価値観には、一切踏み込みません。

ただ目の前の、みんなの共通課題「ノラ猫が多すぎて、困ったことだ」の解決だけを考えます。

 

私もそうなんですが、すぐに人は、「こんなことになったは、〇〇さんのせいだ。だから、あの人が責任をもって解決すべきだ。」と言って、すべてを押し付けて終わりにしようとします。

原因者ということにされた(実際、主たる原因者のこともよくあります)〇〇さんに解決能力があれば、それでもいいのかもしれません。

でも〇〇さんには解決できなかったからこそ、問題が大きくなっているのであって、改めて〇〇さんに「さあ、あなたが解決しなさい。」と言ったって、出来る訳がないのです。

出来ない人にやれと言ったって・・・。

それに、問題が大きくなるまで見て見ぬふりをした人たちにも、責任はあります。

 

色んな思いがあります。

「猫が好き」「猫が嫌い」「猫が可哀想」「あの人のせいだ」「私だけのせいじゃない」「なんで私がやらなきゃいけないのか」

 

地域猫活動の特徴は・・・、

1 誰かのせいか、ということには踏み込まず、手早く解決することだけに頭を使う。

 ※誰のせい、という議論は、解決にはつながらないのだから、非合理的。

2 地域みんなの生活環境に関わることだから、地域のみんなで課題を共有する。

3 猫が好きだろうが嫌いだろうが関係なし。誰の価値観も絶対に否定しない。

4 誰の過去の行動も非難しない。「これからはどうしましょうか」と未来志向で考える。

5 「出来る人が出来る範囲で」をモットーとし、誰にも何も強制はしない。

 

課題解決に特化した非常に合理的な考え方で、とても私の好みなのです。

そして、誰も傷つけない。

そんなところが好きなのです。

 

そうは言っても、現場では色々ありますよね。

 

そのことは、また書きます。

2018年4月19日 (木)

ブログはじめました

ブログだけはしないぞ、と思っていたのですが、結局やってしまいました。

意志が弱いのです。

愛猫家のみなさま、可愛い猫の画像とかは掲載されません。

ほぼ、私の独り言のみとなる見込みです。

あ、でも、今回に限り、開設記念として、ねこけんM代表からいただいた、とっておきの写真をアップします。

念のために書きますが、本当に、猫は好きでも嫌いでもないのです。どちらかというと好き、くらいのレベルです。

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